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大阪地方裁判所 昭和55年(行ウ)31号 判決 1982年2月24日

原告 丸三証券株式会社

右代表者代表取締役 金子太郎

右訴訟代理人弁護士 松本栄一

被告 大阪府地方労働委員会

右代表者会長 後岡弘

右訴訟代理人弁護士 井土福男

右指定代理人 大江正隆

<ほか一名>

補助参加人 総評全国一般大阪証券労働組合

右代表者執行委員長 田所穰

右訴訟代理人弁護士 三上孝孜

同 谷智恵子

同 関根幹雄

同 國本敏子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  申立

1  原告

(一)  被告が原告を被申立人、補助参加人総評全国一般大阪証券労働組合を申立人とする大阪府地方労働委員会昭和五四年(不)第二号事件について発した昭和五五年三月一一日付命令は、これを取消す。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨。

二  原告の請求原因

1  補助参加人(以下適宜、参加人という)は、被告に対し、昭和五四年一月一七日、原告を被申立人として不当労働行為救済の申立をしたところ、被告は、昭和五五年三月一一日付で別紙命令書記載の命令(以下、本件命令という)を発し、原告(以下適宜、原告会社という)は、同日右命令書(以下適宜、本件命令書という)の送達を受けた。

2  しかしながら、本件命令は、事実認定、及び、判断の両面において誤りがあり、違法であるから、その取消を求める。

三  請求原因に対する被告の認否及び主張

1  請求原因1は認める。

同2は争う。

2  被告が本件命令において不当労働行為を認定した理由は、別紙命令書(本件命令書)記載のとおりであり、被告は、別紙命令書記載のとおり事実上及び法律上の主張をする。そしてこれによれば、本件命令は適法である。

3  なお、後記四の2ないし3の原告会社の主張は争う。

四  被告の右2の主張に対する原告の認否及び主張

1  別紙命令書理由第1の1、2の(1)の事実は認める。

同第1の2(2)のうち、「一一月一〇日、分会の呼びかけで会社の東京本店に勤務する者三四名は、組合に加入し分会東京職場を組織した」とある部分は認めるが、その余は争う。

同第1の2(3)(4)の事実は認める。

同第1の2(5)の事実は争う。

同第1の3(1)の事実は認める。

同第1の3(2)の事実は争う。

同第1の3の(3)ないし(11)の事実は認める。

同第2の2(1)のうち、鈴木が、分会のビラ等をセロケースに入れて自席の机上に置いていたこと、並びに、菅原及び中田が、鈴木が会社からビラの撤去を命ぜられたことに抗議して鈴木と同様の行動をとったことが、就業時間中の組合動活であるということについては、これを認めるが、その余の事実は争う。

同第2の2(2)の事実は認める。

同第2の2の(3)ないし(5)、3の(1)(2)、4は、いずれも争う。

2  被告は、分会員鈴木正二郎(以下適宜、鈴木という)が、中出市場課長から「君は、有能な人物だから組合に入るとは思わなかった。分会をやめた方がよい。」との分会脱退を説得されたとか、小泉株式課長が、鈴木を食事に誘い、その席で、「君はなぜ分会に入ったのだ。入らなくてもよいではないか。」と述べたと主張しているが、仮に右言動がなされたとしても、当時小泉課長は、丸三証券労働組合(以下丸三労組という)の書記長であり、中出課長は、丸三労組の広報宣伝担当執行委員であったのであるから、右小泉らの言動は、いずれも丸三労組執行委員としての言動であって、原告会社とは無関係のものである。

また、参加人組合丸三分会(以下単に分会という)の東京職場書記長土井歳男及び鈴木が昼の休憩時間中に、机上に配布した分会のビラを、熊谷総務課長代理が回収して廻ったようなことはない。

もし、そのようなことがあれば土井分会東京職場書記長らが直ちに抗議して中止させていたはずであって、ありえないことである。

以上要するに、原告会社は、当時分会とも通常の労使関係を継続しており、春闘や盆暮の臨時給闘争時に多少の紛争はあったが、分会を特に嫌悪していたようなことは全くない。

3  被告は原告会社が昭和五三年九月七日付で参加人組合員鈴木正二郎、同菅原優子、同中田まさ子に対して為した減給処分(以下、本件懲戒処分という)に至る経過に関し、「鈴木は分会のビラ等がセロケースの中にたまってくれば他のビラと交換していた。」との旨の主張をしている。

しかしながら、原告会社が昭和五三年一〇月一九日鈴木の机上のセロケースから撤去したビラは、一三枚で、内五枚は同年六月発行のもの、内四枚は同年九月発行のもの、内三枚は同年一〇月発行のもの、内一枚は一九七六年一月発行のものであり、また、セロケースに挿入された月間予定表には、昭和五三年五月までの記入があり、六月以降は白地であったこと、原告が同年八月一二日鈴木に対し注意したときセロケースの表面にあったビラは、同年六月発行の「京都証券の民主的再建は可能か」との表題のもので、その上に同年九月七日以降のビラを積み重ねていること、鈴木は同年九月以降に限っても分会発行のビラ全部をセロケースの中に挿入している訳ではないこと、等からみれば、鈴木がセロケースに分会のビラ等を入れ始めたのは昭和五三年六月以降で、かつ、その後同年一〇月一九日までの間に入れたビラ等の交換は、一回もしていないのである。そして、鈴木は、本件処分を受けた同年九月七日から、整理保管のためにビラをセロケースに入れたとの主張に添うよう体裁を整えたに過ぎないというべきである。

なお、鈴木らが、セロケースに分会のビラ等を入れて自席の机上に置いた行為は、原告会社の施設を利用した分会の違法な教宣活動等の組合活動であり、これが原告会社の業務を阻害し、少なくともその虞れを生じさせたことは明らかである。

4  次に、被告は、「広く組合活動の範ちゅうに属する行為であっても、ビラの整理、保管が主たる目的であって、それが結果的に教宣活動の性格を持つとはいっても、副次的なものであって、単にビラをセロケースに入れて机の上に置いていたという域を出ないものであり、また、これが業務に支障をきたしたという事実もない。」として、本件懲戒処分は不当労働行為であると主張しているが、鈴木が、本件セロケースのなかに分会のビラを入れてこれをその机上に置いた行為は、ビラの整理保管が主たる目的ではなく、就業時間中の組合活動であるというべきところ、原告会社の施設を利用して、許可なく分会の文書を掲示し、原告会社の上司の度重なる命令にも従わず、右ビラを撤去しなかった行為は、原告会社の就業規則第四二条第六号に違反するから(最高裁判所昭和五二年一二月一三日判決・判例時報八七一号三頁、同五四年一〇月三〇日判決・判例時報九四四号三頁以下参照)、本件懲戒処分は適法である。

なお、菅原優子、中田まさ子が、鈴木に対する原告の業務命令に抗議する分会の方針によってビラを掲示したとしても、その違法行為に対する責任を免がれることはできない。

5  したがって、本件命令は、違法であるから、取消さるべきである。

五  参加人の主張

1  当事者等

参加人組合は、大阪地方における証券関係の労働者約六〇〇名で組織する労働組合である。

分会は、分会員二八名で、本部を大阪に置き、丸三分会東京職場に一九名の組合員がいる。

原告会社は、肩書地に本店を、大阪市外全国各地に一八の支店を置き、従業員数約七五〇名を有する証券業を営む法人である。

分会は、原告会社の低賃金、無権利、ワンマン経営の状況の中から、昭和五〇年三月一一日、賃上げ、有給休暇の延長、組合活動の保障など、二四項目の要求を掲げて結成され、同年一一月一〇日、東京本店において、丸三分会東京職場が結成された。

そして、それ以来、分会は、前記要求項目に基づいての教宣活動、職場の仲間との対話運動、腕章、ステッカー、三角錐闘争、ストライキを含む行動、団体交渉などの運動により、従業員・組合員の切実な要求を実現してきた。例えば、その主なものに、女子の更衣室の拡充、キーパンチャー、電話交換手の休憩室など福利厚生施設の拡張や寮自治の確立、サークル活動、親睦活動の活発化等がある。

しかしながら、勤務評定の廃止、完全週休二日制の実現、関西地区での寮設置、団交への権限ある役員の出席、組合役員の異動の事前協議、東京職場の組合事務所の設置などの要求とともに、現在もなお、分会は、活発な運動を行っている。

2  原告会社の合理化政策

原告会社は、経営合理化のため、従業員の生活、健康、権利を侵害し続けている。その顕著な現われとして、①原告会社の業績は急成長をとげているに拘らず、その従業員数は、これに反比例して、大幅に減少しているため、その労働密度は強化され、残業量は増加し、持ち帰り仕事は日常化している。②また、原告会社の人事異動は日常化しており、その頻度や手続においても、従業員の生活状況、条件を無視したもので、従業員の中での不満が高まっている。

3  原告会社の分会敵視政策

原告会社は、右合理化実現のため、従業員及び組合員の生活と権利を守ってきた分会に対し、分会結成から現在に至るまで、一貫して、分会とその活動を嫌悪、敵視し、組合員及び組合員活動に対し、様々な干渉、切崩しを行なってきた。すなわち

(一)  原告会社は、分会結成直後である昭和五〇年四月一七日、原告会社の課長を中心として丸三労組(第二組合)を結成した。そして、右丸三労組は、一二名の執行部中一〇名が課長、残り二名が課長職代理であり、管理職を中心に、従業員に対して、半強制的に入会勧誘を行った。

(二)  そして、昭和五〇年一一月一〇日、分会東京職場が組織されるや、右組合員のほとんどが丸三労組を脱退して、分会の組合結成に参加したことをテコとして、各分会員に対して、分会の脱退を強要した。例えば、中出市場課長は、分会組合員篠原に対し、「君は、分会に入っているのか、君のためにやめた方がいい。」と説得し、分会員鈴木に対しても、右中出課長は、数回に亘って呼び出し、「君は有能な人物だから、分会に入るとは思わなかった。将来性があるからやめた方がよい。」と説得し、さらに、小泉株式課長は、右鈴木を食事に誘い、同人に対して、「どういうつもりで入ったのか。」と分会脱退を説得した。

(三)  原告会社は、昭和五一年二月頃、毎年行なっている個人に対する身上調書に藉口し、分会東京職場の分会組合員に対し、労働学校への参加など労働組合活動についての調査を行い、分会から「切崩しである。」として抗議を受けるや、釈明謝罪を行わざるを得なくなった。

(四)  原告会社は、昭和五一年四月、七六年春闘における分会の要求に対し、丸三労組との妥結を理由に団交を拒否し、昭和五二年六月一七日、地労委より命令を受けた。

この原告会社の実質的団交拒否は、以後現在まで継続している。

(五)  昭和五一年六月一一日、原告会社取締役大阪支店長高木弘毅は、日刊株式経済のインタビューに応え、「大証労組は、マルクス・レーニン主義、闘争主義である。」旨分会嫌悪の発言をなし、組合の抗議により、六月一四日付の同紙上で謝罪せざるを得なかった。

(六)  原告会社は、昭和五三年一二月頃から、総務部長木村秀雄名によって、管理職者を対象として、秘密裡に、「管理職労務知識シリーズ」と題する書面を発行し、管理職者に対し、労務対策教育を行ってきた。右労務対策シリーズは、労務担当取締役萩原朝雄によって作成されたもので、分会を念頭においた分会に対する具体的対策のための教育文書である。

(七)  原告会社は、職制及び丸三労組を使い、従業員に対して、分会ビラの受取り拒否を強要している。

昭和五三年九月八日、分会員上井及び鈴木が、昼休みの休憩時間中、机上配布したビラにつき、総務課長大類及び課長代理熊谷が、右机上よりビラを回収した。さらに、昭和五四年五月二三日、総務部職員熊倉は、門前でまかれた同日付ビラを回収して廻った。昭和五四年一一月七日、丸三労組委員長山本及び新留外二名が、分会の出勤時の会社門前のビラ配布活動を監視し、従業員が右ビラを受けるやいなや、店内において、丸三労組役員中村外一名が、ダンボール箱に強制的に回収した。その際、原告会社の市場部部長引田が立会った。

(八)  原告会社の労務担当取締役萩原は、昭和五三年秋頃、それまで黙認していた東京職場組合掲示板の一階への移動を禁止した。

(九)  その他、原告会社は、分会組合員に対して、私的交際まで干渉を加え、陰に陽に、様々のいやがらせ行為を強化している。

4  本件懲戒処分に至る経過

(一)  鈴木、菅原、中田は、いずれも原告会社の外国部に勤務する参加人組合員である。

ところで、鈴木は、遅くとも昭和五三年一月初旬頃三鈴印刷という原告会社出入りの業者から、年末の贈答用品として、外国部の岡本喜臣を通じて、セロケース一個を貰った。これは、机上に置き、なかにカレンダーや書類を入れ、下敷きにも使える透明ビニール製のものである。そして、鈴木は、昭和五三年一月中旬ないし下旬頃から、右セロケースのなかに分会のビラを入れるようになったところ、右は、主として、今まで机の上に無雑作に置かれていた分会ビラを整理保管する目的でなされたものであり、副次的には、職場の人にも見てもらいたいということであった。以後、鈴木は、セロケースを自分の机の上に置き、下敷きとして利用しながら、セロケースの中に会社の書類、テレックスコピーや、業務日程、注意事項を記載してあるメモ等を入れる一方、分会ビラを入れるようになり、分会ビラが何枚もたまってきたら、他の分会ビラと交換していたのである。

(二)  原告会社は、右の如く、鈴木がセロケースのなかに分会ビラを入れていた行為に対し、何の注意、警告もすることなく、黙認していた。そして、右鈴木の行為は、何ら原告会社の業務に支障を及ぼすものではなかったのである。

(三)  ところが、田中新平が昭和五三年七月二〇日に原告会社の外国部長に就任し、同時に槇本武臣が日興証券から外国部課長として原告会社に入社するや、右両名が、鈴木の前記行為に干渉を始めた。すなわち、槇本課長は、昭和五三年八月一二日、鈴木に対し、「仕事に関係がないので、机上のセロケースの中に入れてあった組合ビラを取れ。」と要求し、さらに同月一七日も槇本課長は、鈴木を社外の喫茶店に呼び出し、同様の要求をした。これに対し、鈴木は、副次的ではあるが、セロケースに組合ビラを入れているのは、教宣活動の一環としてなされたものであり、時間中の組合活動として、今までワッペン闘争や三角錐闘争、腕章闘争を行なってきた経過があるし、業務に支障もなく、黙認されてきたのであるから、組合も通じることなく、急に理由も示さず、分会ビラを取れというのは不当であるとして、これを拒否し、組合役員や、菅原、中田両名に相談して、討論を行ったのである。

(四)  鈴木から相談を受けた外国部の分会員である菅原、中田両名は、単に鈴木個人の問題でなく、これは、組合活動に対する不当な攻撃であるととらえ、まず、原告会社の不当な攻撃、干渉に対し、抗議の意思を表明する目的で、組合役員と協議の上、鈴木と同一行動をとることにし、昭和五三年八月一八日、菅原は、自席に自分のセロケースを置き、その中に組合のビラを入れ、中田は、自席の隅に分会ビラを置き、数日後にその一部を切り抜き、セロテープで止めたのである。これら菅原、中田の行為も、原告会社の業務には、全く支障がなかったのである。

(五)  次に原告会社の田中部長は、昭和五三年八月三〇日、鈴木、菅原、中田の右三名に対し、「組合ビラをとれ、業務命令だ。」として、その撤去を要求し、同年九月六日、総務部長が右鈴木らに対し、ビラ撤去に応じないときは懲戒処分とする旨の警告をしたところ、右鈴木らがこれに応じなかったので、原告会社は、同月七日就業規則四二条六項(業務命令に不当に反抗したとき)により減給処分(本件懲戒処分)をした。

(六)  分会は、右九月七日、右処分に対し、これを取消すよう求めて原告会社と団体交渉を行なったが、原告会社は、処分を取消すことなく、却って、その後連日、分会ビラを取れと執ように要求し、また、分会が同年九月八日右処分についてのビラを配布したところ、原告会社の大類課長、熊谷課長代理が、右ビラを回収し、露骨な組合干渉を行なった。

(七)  以上の如く、原告会社の外国部長が、昭和五三年八月三〇日、鈴木らに対し、ビラの撤去を命じてから極めて短期間の間に、本件処分がなされているのであって、右処分は、ビラを撤去させるということよりも、処分そのものを目的としていたものというべきである。

なお、原告会社は、昭和五三年一〇月一九日、その勤務時間終了後、鈴木、菅原、中田の三名の机上のビラを一方的に撤去した。

5  鈴木らの行為の正当性

(一)  鈴木は、主として、配布された分会のビラの整理、保管の目的で、本件セロケースの中にビラを入れていたのであり、副次的に、ビニールカバーの上から他の従業員の目に触れ、見てもらえるようにとの気持があった。そして、右主たる目的に関して言えば、鈴木は平素通りの業務を問題もなく行っており、何ら業務上の支障も生じていないのであるから、その撤去を命じられるようなことはないのである。

また、副次的な目的に関しても、鈴木の前記行為は組合員の活動として、正当なものである。すなわち、原告会社内では、分会は、少数組合(東京職場の従業員約三〇〇名中、分会員は一九名)であるため、日常から組合員一人一人が創意工夫をこらして分会の影響力を広げる活動を行ってきており、それが分会の方針でもある。したがって、鈴木の行為は、たまたま一人で行ったものであるとしても、分会の方針に合致するものであり、同時に分会のニュースの整理、保管と他の従業員に対する宣伝という組合活動上の目的を有していたものであって、広く組合活動の一つと評価することができる。当時、分会の教宣活動の権利が著しくせばめられていたのであるから、あらゆる機会を通じて教宣活動を行なおうとするのが組合の活動であり、したがって、鈴木が分会のビラを机上のセロケースに整理して入れ、その機会に丸三労組員にも、これを見て貰おうとしたことは、決して不当なものではない。

(二)  次に菅原及び中田は、前述の如き鈴木のささやかな行為に対し、原告会社の外国部の槇本課長がビラの撤去を要求し、さらに、時間外に鈴木を喫茶店に呼び出して注意する等の不当な干渉に対し、一致して行動を共にし、抗議の意思を表明するため、前記の如く、ビラを机上に置いたものであって、これらの行為も、正当な組合活動である。

(三)  なお、右鈴木、菅原、中田の行為によって、原告会社の業務に何らの支障もなかったのは勿論である。このことは、現実に、鈴木、菅原、中田らは、その就業時間中、セロケースの上に書類をひろげて仕事をしているので、同人らはもとより、他の従業員も、ビラが目に触れるようなことはほとんどないことからも明らかである。

しかも、原告会社内の第二組合である丸三労組も、原告会社内で、従業員の机上にビラを配布しており、これはそのまま机の上に置かれているのに、原告会社は、これを問題としていないし、また、三和会という親睦会のビラや健康保険組合のパンフも、時間内に机上に配布されているし、さらに時間内の私用を厳しく禁じている田中外国部長が、就業時間中、菅原に私用で短歌の本のコピーを命じたり、鈴木に再三地下の自動販売機までコーラーを買いに行かせているし、昭和五四年四月の東京都知事選挙の際、原告会社の古沢取締役が部下の従業員に、鈴木知事候補の後援会入会勧誘活動を行った。この外、原告会社は、昭和五五年六月の衆参同時選挙の際、就業時間中、従業員を自民党参議院全国区候補者邱永漢の「はげますパーティー」に出席させ、また、右同時選挙の際、原告会社の次長横井が、就業時間中、候補者田ぶち哲也の後援会加入の勧誘を行ない、外国部においても、課長福山が、就業時間中、後援会加入用紙に記入するなど、右勧誘に応じた。これらのことからすれば、前記鈴木、菅原、中田の行為は、何ら違法不当なものではないというべきである。

(四)  次に、分会は、毎年の春闘や、夏季、年末の一時金闘争において、就業時間内に、机上に要求を書いた三角錐を置いたり、腕章やワッペンをつけて就労する等の組合活動を行っているが、原告会社は、事実上これを容認している。

しかして、日本のように企業内組合が基本となっている場合、その組合活動は、いきおい企業内を中心に行われざるを得ないのであって、企業から組合活動をしめ出すことは、組合の活動そのものを封殺することになりかねず、組合活動の自由を内包する憲法上の団結権の保障は、画餅に等しくなる。使用者には、労働者の団結権保障とのかねあいで、組合活動の権利を容認すべき受任義務を課せられている。したがって、具体的な業務阻害性のない限り、本件の如き、時間内の組合活動は、正当である。使用者の施設管理権についても、同様に絶対的なものではなく、受任義務を負わされている。

本件で、鈴木らは、自分の机の上にビラを置いたというだけであり、施設管理権侵害にはあたらないし、また、職務専念義務といっても、絶対無制約なものではなく、労働者との団結権保障との関連で重大な制約を受けているから、鈴木らの前記行為は、時間内組合活動、施設の無断使用、職務専念義務に違反するとして、これを違法不当とすることはできない。

6  ビラ撤去の業務命令の違法、無効性

以上の通り、鈴木ら三名の前記行為は、正当なものであって、これに対し、執ようにビラの撤去を命じた業務命令は、正当な組合活動を抑圧しようとするものであって、違法、無効である。

7  本件処分の苛酷性

鈴木ら三名に対してなされた本件処分は、ビラを撤去するまで、一日につき、鈴木は金四二〇円、菅原は金四五六円、中田は金四四〇円の減給をするというものであり、ビラを取らなければ、永遠に減給が続くというものであって、極めて苛酷なものである。そして、原告会社は、昭和五三年一一月一九日、不当にも、一方的にビラを撤去し、その結果、鈴木は金一万五一二〇円、菅原は金一万六四一六円、中田は金一万五八四〇円の減給をされた。しかも、この処分を理由に、鈴木らは、昭和五三年年末一時金、同五四年同五五年の賃上げにおいて、不当に低額査定がされたし、また、この査定は、本件懲戒処分が有効とされる限り、永遠に続くものであり、その不利は甚大である。

8  本件処分の不当労働行為性

以上、要するに、原告会社は、鈴木、菅原、中田の些細な行動をとらえ、同人らが参加人組合員であるが故に、減給という苛酷な本件処分を行ったものでありこの処分の恫喝により、分会の活動を破壊しようとしたものである。特に、分会の東京職場の中でも、外国部の職場は、鈴木ら三名とも組合の中心的な活動家であって、熱心に人員要求等の労働条件改善活動を行っており、原告会社は、このような外国部の組合活動を封殺するために、労務担当取締役を含め、会社首脳と事前に協議の上、本件懲戒処分を行ったものである。したがって本件懲戒処分は、労組法七条一号、三号の不当労働行為である。

9  なお、原告会社引用の最高裁判所昭和五四年一〇月三〇日判決は、本件と事案を異にするから、これを本件に適用するのは不当であるばかりでなく、右最高裁判決は、労働基本権を無視するもので、不当である。

10  後記六の2ないし7の原告の主張は争う。

六  参加人の主張に対する原告の認否及び主張

1  参加人の右2ないし9の主張は争う。

2  原告会社の人員削減は、事務機械の採用によるものであり、労働強化にはなっていない。もっとも、保管、受渡課において、昭和五三年四月に、一ヶ月八二時間の残業があったことはあるが、右は転換社債の出来高増大による特異な例であり、保管、受渡課の業務は、仕事の性質上、家へ持ち帰ることが出来ない仕事であり、その他の業務についても、大部分の業務が自宅に持ち帰れない様な業務である。

営業以外の業務は、極力機械化による省力に努力しているので、原告会社の人員も、昭和五一年九月末四五五人、同五二年九月末四二五人、同五三年九月末四二七人、同五四年九月末四一一人と減少しているが、その数は、非営業在籍人員の一割にも満たず、参加人の主張する程大幅な減少ではない。

また、残業時間も、昭和五二年四月から九月までは、平均一一・二時間、同五二年一〇月から同五三年三月までは平均一四・三時間、同五三年四月から九月までは平均一五・五時間、同年一〇月から同五四年三月までは平均一八・九時間、同五四年四月から九月までは平均二〇時間、同年一〇月から同五五年三月までは平均一五・二時間、同五五年四月から七月までは平均一〇・六時間であって、問題にする程の残業時間ではない。

3  次に、原告会社の人事異動は、原則として二月、八月の定期異動により行なうが、その外緊急の業務の変更、中途退職者の補充等やむをえない場合の人事異動もあり、その場合には、充分な内示期間をとれないこともある。しかし、右の場合でも、本人の事情を斟酌して出来うる限り余裕をもって発令しており、これまでに人事異動に関し、問題になったことはない。

4  次に、原告会社が、参加人主張の如く、団体交渉を拒否したことはなく、ただ参加人の要求を拒否したことがあるだけである。

また、原告会社の取締役大阪支店長髙木弘毅が参加人主張のような発言をしたとしても、右発言は、原告会社の考えを述べたものではなく、同人の全く個人的な発言である。

5  組合の掲示板については、分会に対しては原告会社の六階、丸三労組に対しては九階にそれぞれ貸与しているが、いずれも移動を禁止している。一階は、客が出入し、原告会社の営業活動の本拠でもあるから、一階に掲示板を移動するのを許さないことは当然である。

6  労働協約、慣行等によって、就業時間中の組合活動が認められていない限り、就業時間中の組合活動は、就業規律に反することは明らかである。

鈴木、菅原、中田の行為が、原告会社の施設を利用した教宣活動であることは明らかである。また、組合の宣伝文書を机上に置いている以上、事ある毎にそこに目を移すことは必至であり、それがすなわち業務に支障を生ずることになるのである。また、仮に、現実に業務に支障がなかったとしても、その虞れがあれば、これを禁止するのは当然である。

7  原告会社が、鈴木、菅原、中田を本件懲戒処分にしたのは、ただ単に、組合のビラを机上に放置したからではない。

原告会社の職制が、右鈴木らに対し、累次に亘り、右ビラに関して注意を与え、昭和五三年八月一二日以降その撤去を命じたが、遂に撤去をしなかったので、原告会社は、同年九月七日、業務命令違反として、右鈴木らを本件懲戒処分にしたのであって、この間、実に二六日に及んだのである。

懲戒処分としては、譴責もあるが、これには、就業規則に違反する行為が処分時において終了していることを要する。減給も、またそうであって、原告会社は、一日当りの減給にすれば、当人達にとって反省の機会を与え、懲戒も亦、軽微に済むと考えて、本件懲戒処分にしたところ、右鈴木らは、同年一〇月一九日まで、ビラを撤去しなかったので、原告会社自ずからこれを撤去した。鈴木らの処分が重くなったのは、全く同人らの責任である。

三 証拠《省略》

理由

一  本件命令

請求原因1は、当事者間に争いがない。

二  当事者等

原告が、東京都中央区日本橋二丁目五番二号に本店を、大阪市等各地に支店をそれぞれ置いて証券業を営む法人であり、その従業員数は昭和五四年一二月当時約八〇〇名であること、参加人が大阪地方を中心とした証券会社等の従業員約六〇〇名によって組織されている合同労組で、下部組織として原告会社の従業員で組織する丸三分会(分会)等一六分会があり、昭和五四年一二月当時、原告会社の従業員で丸三分会に加入する組合員は三一名であったこと、原告会社には分会のほかに原告会社従業員約六五〇名で組織されている丸三証券労働組合(丸三労組)があること、以上の事実については当事者間に争いがない。

三  本件処分に至る経緯

本件処分に至る経緯のうち、次の事実、すなわち、

1  昭和五三年一月頃、原告会社外国部次席岡本喜臣は、三鈴印刷という原告会社出入の業者が年末の贈答品として原告会社へ持って来た透明なケース(セロケース)を、「月間予定表の用紙が入っているし、下敷きにもなるから便利だよ。使ったらいいんじゃないか。」と言って部下の鈴木に手渡した。

2  鈴木は、その後、セロケースの中に分会のビラ等を入れて自席の机上に置いていた。

3  同年七月二〇日、原告会社外国部長に田中新平が就任し、同時に外国部課長として槇本武臣が日興証券から入社した。ところで、槇本課長は、同年八月一二日、鈴木に対して、セロケースの中の分会のビラに関し、「仕事中に組合活動をやってもよいのか。」「このビラは仕事に関係ないので取ってくれ。」と命じた。これに対して、鈴木は、「時間中に今まで腕章闘争とか、三角錐闘争、ワッペン闘争をしている。これと同じようなことだから、ビラを置くなというのは、おかしいのではないか。」といって抗議し、その命令に従わなかった。

4  同月一七日、槇本課長は、喫茶店に鈴木を呼び出し、同人に再度、同趣旨のことを命じたが、鈴木は、「組合でどういう態度をとっていくかということについて検討する。」と述べた。

5  同日、鈴木は、土井書記長並びに同じ外国部の分会員菅原優子及び中田まさ子と相談し、その結果、菅原及び中田は、槇本課長の命令に抗議して、鈴木と同一行動をとることを決めた。なお、当時、外国部の部員は一〇名であり、そのうち分会員は鈴木ら三名であった。

6  同月一八日、菅原は、前からもらっていた三鈴印刷の同じセロケースを自宅から持参して、その中に鈴木と同様に分会のビラを入れて自席の机上に置いた。また、中田は、セロケースを持っていなかったため自席の机上に分会ビラを置いたが、数日後にはビラの一部を切り抜き、それを机上の隅にセロテープで止めた。

7  同月三〇日、田中部長は、外国部の部会の席上、鈴木、菅原、中田の三名に対し、「あなた方は、私の使用人だ。ビラはじゃまだ。仕事以外のことは考えるな。これは私の職務権限です。」との旨述べ、ビラの撤去を命じた。これに対して、分会の東京職場三役は、田中部長に抗議するとともに、労務担当の取締役萩原朝雄に田中部長の発言について団体交渉を申し入れた。

8  同月三一日、萩原取締役が出席して分会との間に団体交渉が行われたが、その席上、会分側は、「ビラを机の上に置いているのは正当な組合活動であるから、原告会社がそれに干渉するのはおかしい。」と抗議した。これに対し、萩原取締役は、「就業時間中の組合活動は認めていない。就業規則に抵触するから、原告会社の指示に従ってほしい。」との旨述べ、結局、団体交渉は、物別れに終った。

9  同年九月六日、原告会社は、鈴木、菅原、中田の三名に対して、総務部長名で、「机上のビラを撤去しない場合は、就業規則により懲戒処分とする。」旨の警告書を出したが、鈴木ら三名は、「組合活動でやっているのだから受け取れない。」と拒否し、その後も分会の方針であるとして、ビラの撤去命令に従わなかった。

10  このため、同月七日、原告会社は、鈴木ら三名の行為は、就業規則第四二条第六項の懲戒理由「業務命令に不当に反抗したとき」に該当するとして、同人らに対し、ビラを撤去するまで、それぞれ一日につき、鈴木は金四二〇円、菅原は金四五六円、中田は金四四〇円の減給処分(本件懲戒処分)にした。

11  しかし、鈴木ら三名は、原告会社のこの処分に抗議してビラをそのままにしていたところ、同年一〇月一九日、原告会社は、職場秩序を乱しているとして、それらのビラを撤去した。

結局、原告会社は、同年九月七日からビラを撤去した同年一〇月一九日までの間、鈴木に対し金一万五一二〇円、菅原に対し金一万六四一六円、また中田に対し金一万五八四〇円それぞれ減給した。

なお、原告会社がこれまでに従業員に対して行った減給処分は、従業員の不正行為や顧客とのトラブル等に基づくものであった。

以上の事実は、当事者間に争いがない。

四  不当労働行為の成否

そこで次に、本件懲戒処分等が不当労働行為を構成するか否かについて判断する。

1  一般に、就業時間中の組合活動は、使用者の承諾がある場合や、慣行上これが認められている場合以外は、原則として許されないが、右使用者の承認や慣行がない場合であっても、当該就業時間中の組合活動が、労働者の雇傭契約上の義務の履行としてなすべき身体的精神的活動と何ら矛盾することなく両立し、業務に支障を及ぼす虞れのない場合で、かつ、円滑な業務の運営を維持するための組織的利用に不可欠な職場秩序を乱す虞れのない場合等特段の事情がある場合には、極めて例外的であるが、就業時間中の組合活動も許されることがあり得ると解するのが相当である。けだし、就業時間中の組合活動であっても、それにより労務の提供に欠ける虞れがなく、使用者の業務に支障を及ぼす虞れのない場合であって、前述の如き職場秩序に反しない場合には、例外的に就業時間中の組合活動を認めても、何ら使用者に経済的不利益を与えることにはならないのみならず、むしろ、労働者に団結権、団体交渉権、争議権を保障した法の趣旨に合致することになるからである。(但し、公務員等の場合には、争議権が禁止されていることや、その他公務の特殊性等から、これと同一に解し得ないことは勿論である。)

2  鈴木の行為について

右の点を本件についてみるに、前記三の当事者間に争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  鈴木正二郎は、昭和四九年三月頃、原告会社に入社し、当初は、原告会社の総務部人事課に所属していたが、昭和五二年三月頃から、原告会社の外国部に所属し、証券の受渡し等の仕事をしていた。

そして、右鈴木は、昭和五〇年一一月頃、分会に加入し、昭和五二年一〇月頃から同五三年九月頃までは、分会東京職場の職場委員等をしていた。なお、昭和五三年当時、右外国部における分会員は、右鈴木の外、菅原優子、中田まさ子の計三名であった。

(二)  右鈴木は、昭和五二年一二月ないし同五三年一月頃、原告会社外国部の岡本次席から本件セロケースを貰ったので、当初はセロケースの中にある予定表に所要事項を記載するなどして、これをメモ代りに使用していたところ、当時、右鈴木の職場(外国部)では、朝の出勤時などに原告会社の玄関前で配布される分会のビラ等が、就業時間中の自席の机上や、金庫の上などに、雑然と放置されていたので、右鈴木は、本件セロケースを貰ってから間もなく、右ビラを、メモ用紙やテレックスの紙などと一緒に本件セロケースのなかに入れ、これを自席の机上に置いて保管するようになり、右ビラがたまれば、これを新しいものと取りかえていた。

(三)  鈴木が、右の如く、分会のビラを本件セロケースのなかに入れて保管するようになった主たる目的は、自己の職場に雑然と放置されていた分会のビラの整理保管であったが、副次的には、職場の同僚等にも、右ビラを見て貰い、分会の教宣活動の一環としたい考えもあった。

(四)  ところで、原告会社の外国部では、書類が非常に多く、また、鈴木は、分会のビラを入れた本件セロケースを、現実には下敷として利用していた事等から、就業時間中は、右鈴木自身や職場の同僚が、本件セロケースのなかのビラを見るというようなことはほとんどなく、ただ昼間の休憩時間や、就業時間が終った後で、鈴木の机上が整理されたときにはじめて右ビラを見ることが可能となることが多かったし、その他右ビラが本件セロケースのなかに入れて保管されていた状況に照らし、鈴木や同僚その他の第三者が、就業時間中に右ビラを見るようなことはほとんどなかった。

(五)  そして、鈴木が右ビラを本件セロケースのなかに入れてこれを自席の机上に保管していたことによる職場秩序への影響は、職場内のロッカーにビラを貼った場合や、机上に三角錐を置いた場合とは全くその趣きを異にするものであって、右鈴木の行為により、鈴木本人やその他同僚の職務の遂行に欠ける虞は全くなく、現に、その職務は完全に遂行されていたし、原告会社の業務が現実に阻害されたとか、或いは、阻害される虞があるようなことも全くなかったし、さらに、原告会社の職場秩序が現実に乱されたようなことはなく、その虞もなかった。

(六)  そのため、鈴木が分会のビラを本件セロケースのなかに入れてこれを自席の机上に置くようになってからも、原告会社において、このことにつき、鈴木に格別注意をするようなこともなかったのであるが、前述の通り、昭和五三年七月二〇日、田中新平が原告会社の外国部長に、また、槇本武臣が外国部課長に、それぞれ就任して間もなく、右田中らが、右鈴木の行為は、その職務と無関係のもので、就業時間中の違法な組合活動であるとして、鈴木に対し、昭和五三年八月一二日以降数回に亘り、右ビラの撤去を求め、さらに、同年九月六日、原告会社が総務部長名で、ビラの撤去を命じた。しかし、鈴木は、分会の方針に基づき、その後も引続き従前通り、分会のビラを本件セロケースのなかに入れてこれを自席の机上に置いていたので、原告会社は、同年九月七日、鈴木に対し、本件懲戒処分をした。

(七)  なお、当時、原告会社では外国部を含めて各職場で、就業時間中に、分会のビラの外、丸三労組のビラ、スポーツ新聞、旅行パンフレット等が各職員の机上に雑然と放置されていることが多かったが、そのために、現実に原告会社の業務に障害が生じたようなことはなく、したがって、また、原告会社がその撤去を命じたようなこともなかった。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

してみれば、鈴木が本件セロケースのなかに分会のビラを入れてこれを自席の机上に置いていたのは、当時その職場に雑然と放置されていたビラの整理保管することをその主たる目的としたものであって、ただ、副次的附随的に、分会の教宣活動の一環として、右ビラを同僚の眼に触れさせようとしたに過ぎないものというべきところ、右ビラは、特定の主張や要求を集団的組織的に訴えるために置かれたものではないのであって、いわゆる職場内のロッカーに貼られたビラや、従業員の胸につけられたリボン、机上の三角錐等のように、一見して職場の同僚や顧客等一般第三者の目につくような状況で保管されていたものではなく、しかも、右ビラの保管による組合活動といっても、それは、整理に附随してなされた全く副次的なものであったから、鈴木が右ビラを本件セロケースに入れて机上に置いていた行為は、原告会社の業務の遂行と精神的身体的に何ら矛盾なく両立し得るものというべく、また、右鈴木の行為により、原告会社の業務が現実に阻害され、或いは、阻害される虞もなければ、原告会社の職場秩序が現実に乱され、或いは、乱される虞もなかったものというべきである。そして、以上の諸事情や、さらには、原告会社の外国部では、従前から丸三労組のビラやスポーツ新聞等も、机上に雑然と放置されていたのに、何ら問題とされていなかったこと等に照らして考えると、鈴木の右行為は、原告会社の就業時間中になされたものではあるが、その方法、態様に照らし、一概にこれを違法なものとは断定し難く、むしろ右の程度の行為は、許された行為と認めるのが相当である。

3  もっとも、

(一)  原告会社は、種々の事情をあげ、鈴木が本件セロケースに分会のビラを入れ始めたのは、昭和五三年六月頃以降で、かつ、その後同年一〇月一九日までの間に、ビラの交換をしたことはないと主張しているが、右原告の主張に副う《証拠省略》は、《証拠省略》に照らしてたやすく信用できず、他に、右原告会社の主張を認め得る証拠はない。のみならず、仮に、鈴木が本件セロケースのなかに分会のビラを入れ始めたのが、昭和五三年六月以降であり、かつ、その後ビラの交換をしたことがないとしても、前記鈴木の行為を違法とは断定し難いとの前記認定を左右するものではない。

よって、右の点に関する原告会社の主張は失当である。

(二)  次に、原告会社は、鈴木が本件セロケースのなかに分会のビラを入れてこれを自席の机上に置いていた行為は、ビラの整理保管が主たる目的でなされたものではなく、就業時間中の組合活動であって、原告会社の施設を利用して、許可なく分会のビラを掲示し、原告会社の度重なる命令にも従わなかったから、原告会社の就業規則第四二条第六号に違反する違法な行為であると主張している。しかしながら、鈴木が本件セロケースのなかに分会のビラを入れてこれを自席の机上に置いた行為の主たる目的が、組合活動であるとの事実を窺わせる《証拠省略》は、いずれもたやすく信用できないし、また、《証拠省略》によれば、本件セロケースは、鈴木が原告会社の岡本次席から貰ったもので、同人にその使用処分が委ねられていたものであることが認められ、この事実に、前記2の冒頭に掲記の各証拠に照らして考えると、鈴木が本件セロケースのなかに分会のビラを入れてこれを自席の机上に置いていたことをとらえて、いわゆる原告会社の施設を利用してなした組合活動であるともたやすく断定し難いのであって、この点に関する《証拠省略》はたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はない。

なお、原告会社引用の最高裁判所昭和五二年一二月一三日判決(民集三一巻七号九七四頁、判例時報八七一号三頁)は、日本電信電話公社の職員がプレートを着用して勤務した事案に関するものであり、また、同昭和五四年一〇月三〇日判決(民集三三巻六号六四七頁、判例時報九四四号三頁)は、日本国有鉄道労働組合の組合員が組合活動に際し、職員詰所に備付けのロッカーに要求事項等を記入したビラを貼付した行為に関するものであって、本件の如く、単にビラの整理保管を主目的とし、副次的に教宣活動を兼ねた場合とは事案を異にするから、右最高裁判所判例をもって、前記結論を左右することはできないものというべきである。

4  菅原、中田の行為について、

次に、前記三の当事者間に争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  鈴木は、本件セロケースのなかに分会のビラを入れてこれを自席の机上に置いたことについて、昭和五三年八月一二日及び同月一七日の両日に亘り、原告会社の槇本課長からこれを撤去するよう命ぜられたので、このことについて、分会の土井書記長や外国部の分会員である菅原優子、中田まさ子らに相談をしたところ、右菅原らは、槇本課長の命令は、一方的な組合攻撃であって納得のいかないものであるとし、この問題は、まず職場のなかで解決することとし、さし当り、鈴木の行為を支援し、かつ、前槇本課長の命令に抗議をする趣旨で、菅原、中田も、鈴木と同一の行動をとることにした。

(二)  そこで、菅原は、鈴木の持っていた本件セロケースと同様の三鈴印刷のセロケースを自宅から持参し、これに分会のビラを入れてこれを自席の机上に置き、また、中田は、セロケースを持っていなかったので、自席の机上に分会のビラをそのまま置いたが、その後、右ビラの一部を切り抜き、それを机上の隅においてセロテープで止めた。

そして、右菅原、中田の両名は、その後、前記三の7ないし10の経過の通り、昭和五三年九月六日、原告から、本件ビラの撤去を命ぜられたが、組合の方針に基づき右ビラを撤去しなかった。

(三)  ところで、菅原、中田が、前記の如く、その各自席の机上に、分会のビラを置いた状況も、前記鈴木の場合と大差はなく、菅原は、分会のビラをセロケースに入れて、また、中田は、そのまま、これを自席の机上に置いていたに過ぎず、就業時間中のその机上には、右ビラの外に、原告会社の書類が多数置かれていたから、他の同僚が特別に注意をしなければこれに気付くようなことはほとんどなく、その影響は、掲示板やロッカーにビラを貼った場合や、或いは、三角錐を机上に置き、ワッペンを胸につけた場合にくらべ、はるかに少なく、これによって、菅原、中田や、その他の同僚の職務の遂行に欠ける虞は全くなく、現実には、その職務は完全に遂行されていたし、また、原告会社の業務が現実に阻害されたこともなければ、その職場秩序が乱されたこともなかった。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

してみれば、右菅原、中田が自席の机上に分会のビラを置いた行為は、原告会社の田中部長ら職制の鈴木に対する前記ビラの撤去命令(前記2に認定したところからすれば、右命令は不当というべきである)に抗議する趣旨の下に、分会の方針に従い、その組合活動としてなされたものというべきところ、右菅原、中田の行為は、その目的、手段、態様に照らし、原告会社の業務遂行と精神的身体的に両立し得るものというべく、また、右行為により、原告会社の業務が現実に阻害されたり、職場秩序が乱されたこともなかったというべきであり、さらに、前記4の冒頭に掲記の各証拠によれば、菅原、中田の行為により、原告会社の業務が阻害される虞や、職場秩序が乱される虞もなかったと認めるのが相当であるが、仮に、右の如き虞が多少あったとしても、菅原、中田の右行為は、原告会社の職制が鈴木に対し、ビラの撤去を命じたことに対する抗議行動としてなしたものであるから、これを一概に違法であるとも断定し難く、むしろ右の如き程度の行為は、当時の労使関係に照らし、許された行為と認めるのが相当である。

5  原告会社の分会に対する態度

次に、原告会社の分会に対するこれまでの態度についてみるに、

(一)  まず、次の事実、すなわち、

(1) 昭和五〇年三月一〇日、原告会社の大阪支店に勤務する従業員一三名は参加人(総評全国一般大阪証券労働組合)に加入し、分会を結成したところ、これに対し、同年四月一七日、原告会社では課長ら管理職が中心となって丸三労組が結成された。

(2) 同年一一月一〇日、分会の呼びかけで、原告会社の東京本店に勤務する者三四名は、参加人に加入し、分会東京職場を組織した。

(3) 昭和五一年四月一四日、原告会社取締役大阪支店長高木弘毅は、業界紙「日刊株式経済」の記者のインタビューにこたえて、「大証労組はマルクス・レーニン主義、闘争主義である。」旨発言し、この発言は、同年六月一一日付けの同紙に掲載されたが、参加人の抗議により右高木支店長は同月一四日付けの同紙上で謝罪した。

(4) 昭和五二年一二月二三日、原告会社は、総務部長名で原告会社の役員、部長及び支店長に対して、「管理職労務知識シリーズ」と題する書面を作成、配付したが、その中で、「大証労組は闘争主義的性格をもつ」と述べた。

以上の事実は当事者間に争いがない。

(二)  次に、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。すなわち、

(1) 昭和五〇年三月一〇日、分会が結成されるや、原告会社においては、原告会社の意向にそって、右分会に対抗して、同年四月一七日、原告会社の課長らが中心となって、丸三労組が結成され、管理職を中心に、一般従業員に対して、丸三労組に入会するよう強力な勧誘がなされた。

(2) 分会東京職場が結成された昭和五〇年一一月一〇日の直後、これに加入した鈴木に対し、原告会社本店の中出市場課長が、「君は有能な人物だから組合に入るとは思わなかった。総評はアカなんだぞ。分会をやめた方がよい。」と数回に亘って分会脱退を説得し、また、その頃原告会社本店の小泉株式課長が、右鈴木を昼食に誘い、その席で、同人に対し、「君は何故分会に入ったんだ。分会に入らなくてもやってゆけるではないか。」等と暗に分会からの脱会を勧めた。その外、分会員の大橋に対しても、その頃、中出市場課長が、「君は分会に入っているのか、分会には共産党員がいる。」「君のためによくないからやめた方がよくはないか。」と述べて、分会からの脱退工作をした。

中出課長、小泉課長の鈴木らに対する右説得示唆は、原告会社の意向にそって、管理職として行なったものであった。

(3) 原告会社は、昭和五一年二月頃、毎年行っている従業員個人に対する身上調書に藉口し、分会東京職場の分会組合員に対し、労働学校への参加など労働組合活動についての調査を行い、分会から抗議を受けて、釈明をした。

(4) 原告会社は、昭和五一年四月、同年の春闘における分会の賃上げ等の要求に対し、丸三労組と既に妥結したことを理由に、分会との団交を拒否したところ、これについては、その後大阪地方労働委員会で不当労働行為であると認定された。

(5) 原告会社本店において昭和五三年九月八日、分会東京職場土井書記長が鈴木とともに昼の休憩時間中に分会のビラを従業員の机上に配付したところ、原告会社の大類総務課長ら原告会社の職制がこれを回収してまわった。なお、その外、原告会社は、その職制等を通じ、出勤時に原告会社の玄関前で配付される分会のビラを受けとらないように工作をしていた。

(三)  しかして、右(一)(二)の事実に、前記(二)の冒頭に掲記の各証拠を総合して考えると、原告会社は、分会が結成されて以来、分会を嫌悪し、これに対する種々の対策を講じてきたと認めるのが相当であ(る。)《証拠判断省略》

(四)  もっとも、原告会社は、前記中出課長や小泉課長の鈴木らに対する前記分会からの脱退工作は、同課長らが、当時丸三労組の執行委員ないし書記長であったところから、丸三労組の役員としてこれをなしたものであって、原告会社とは無関係であると主張している。しかしながら、右原告会社の主張事実を認め得る的確な証拠はなく、却って、右中出、小泉は、いずれも原告会社の課長職にある職制であったことや、その他《証拠省略》に照らして考えると、右中出課長、小泉課長らの鈴木らに対する分会からの脱退工作は、原告会社と全く無関係になされたとは到底認め難いから、右原告会社の主張は失当である。

6  しかして、以上認定したところからすれば、本件懲戒処分の対象とされた鈴木、菅原、中田の前記行為は、いずれも原告会社の就業時間中になされたものではあるが、これを一概に違法とは断定し難く、むしろ右は、許された行為として、正当な組合活動であり、前記原告会社のビラ撤去命令は違法(不当労働行為)というべきところ、原告会社は、鈴木、菅原、中田が分会の組合員であり、かつ、右三名の正当な前記組合活動を理由にして本件懲戒処分をしたものというべきであるから、本件懲戒処分及びその後のビラの撤去行為は不当労働行為を構成するものというべきである。(なお、また、仮に、右鈴木、菅原、中田の行為が、原告会社の就業時間中になされたものであるところから、原告会社の従業員としての一般的抽象的な職務専念義務に違反するものであって許されないものであると解しても、前記認定の如きその行為の態様やこれによる原告会社の業務阻害が全くなかったことに照らして考えると、右行為をとらえて、本件の如き減給処分にすることは、その処分として不当に重きに失するものというべく、このことに、前記の如く、原告会社が平素から分会を嫌悪してその対策を講じてきたことや、《証拠省略》を総合して考えると、原告会社は、鈴木、菅原、中田の前記行為に藉口し、右三名が分会の組合員であることを理由にして、本件懲戒処分をしたものと認めるのが相当であるから、いずれにしても、本件懲戒処分は、不当労働行為を構成するものというべきである)。

五  以上の理由により、被告が、鈴木、菅原、中田に対する本件懲戒処分等が不当労働行為であるとして原告に対し、本件命令書主文第一、二項記載の措置を命じたことは相当であって、本件命令には原告主張の違法はないというべきである。

よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用(参加によって生じた費用も含む)の負担につき民事訴訟法八九条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 後藤勇 裁判官 千徳輝夫 小泉博嗣)

<以下省略>

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